★(1年前…)2016年3月26日の夢叶は、
今朝も、もの凄い寒いですね~~~。
関東地方は桜の開花宣言も出ているのに、
吐息が真っ白。
右手はポケットに守られていますが、
傘を持つ左手が悴んできました。
寒波吹き飛ばして~、
一日も早く暖かくなってくれないかな~~。
一番願っているのは、『桜』なのかもしれません。
そして、
相撲好きの日本人が喚起した3月26日。
左腕の痛みを堪えて戦いました。
相撲ファンのために…。
★『怪我を吹き飛ばして、新横綱・稀勢の里が春場所!感動の逆転優勝で夢叶なのだ。』
千秋楽を迎えた大相撲春場所。
13日目の日馬富士戦で左腕付け根を強打。
取組後に救急車で病院に搬送されるほどの怪我を負う。
翌日の取り組み、鶴竜戦では左腕の痛みから一方的に寄り切られ完敗。
誰しもが千秋楽の惨敗を予想した。
この日、
千秋楽で対戦する、照ノ富士に勝利するだけでなく、
優勝決定戦へ持ち込み、さらにもう1勝!しなければならなかった。
だが、現実は違った。
顔をゆがめるほどの激痛と向き合いながら、千秋楽の出場を決意したのは、
横綱としてのPRIDEだったに違いない。
「気持ちだけをぶつけようと思ってやりました」
この気迫に相撲の神様は微笑み
「今回は泣かないと決めていたのですが…」
先場所に続いての男無きを披露する場を与えてくれたのです。
こうして、稀勢の里が2場所連続2度目の優勝を飾った。
新横綱の優勝は1995年初場所の貴乃花以来22年ぶりで8人目の快挙!
怪我を乗り越えた感動の取り組みに相撲界から惜しみない賛美が贈られた。
「今後、語り継がれる逆転優勝だ。最後まであきらめないことが大切だということ。稀勢の里は本当に大したもんだね。きのう、おとといのことを考えたら、こんなことが起こるとは」
と絶句。
「右足が送れなかった。やりづらかったと思うけど、照ノ富士もよくやったと思う」
と敗者の照ノ富士の戦いぶりも称えた。
この日が審判部として最後の務めだった友綱副部長(元関脇魁輝)
「自分にとって最後の最後に、こんな相撲を見られるなんて、審判をやってきて良かった」
歴史的な大一番を審判長として土俵下から見届けた巡り合わせに感謝した。
2場所連続で稀勢の里に優勝旗を渡したのは、二所ノ関審判部長(元大関若嶋津)
「みんな泣いていた。本人は特に(目が)真っ赤だった。感動的だったよね。2番勝つとは思わなかったんじゃないの」
と間近で号泣した新横綱の姿に横綱昇進を推薦した身として胸を張った。
「新横綱で優勝したのは1995年1月の初場所の私以来と聞きました。当時を振り返ると、新横綱では横綱土俵入りなどで気持ちも体力も使い、取組になかなか集中できなかった気がします。初日に武双山に上手投げで敗れて、黒星スタートでした。負けたことで逆に『ようし、やってやろう』と開き直って、その後の場所に臨めました。中日にも魁皇に負けたのですが、最後まで気力を振り絞って賜杯を手にすることができました。優勝したときには横綱の責任を全うすることができ、やっと終わったと安どの気持ちしかありませんでした。稀勢の里も同じ気持ちだと思います。」
「稀勢の里は本当によく頑張りました。逆転での優勝は横綱としての責任を果たした結果で、立派だと思います。」
と賛美を贈りました。
当の本人は、
「本当にこの応援と支えてくれた人たちのおかげ」
割れんばかりの大歓声を贈ってくれた相撲ファンに感謝した横綱・稀勢の里。
ほんとうにおめでとうございます。
愛される横綱としてこれからも相撲界を盛り上げてくれるに違いありません。
(エムP)
ファンの後押しがあればこそ
神様も味方してくれる。
ファンを大切に思えばこそ
神様も微笑んでくれる。
ありがとう。
応援してくれたファンのみなさまに…、
贈る言葉。
【BGM-IN】「ありがとう」(大橋卓弥)
★あなたが、この世に誕生したことが夢叶だった。
あなたの生誕日には、
どんな夢叶があったのでしょう…。
★★「昨日より今日はもっと×2!素敵」
イケてる大人計画
合わせてご覧いただけると幸いです。