昨日に引き続き、日本のエンタティメント界の歴史がかわる出来事がありました。
日本の音楽シーンに多大なる影響を与え、
間違いなく歴史の1ページを飾った!!
超イケてるボーカリスト
『氷室京介』さん
超満員の東京ドームで35年間のライブ活動に幕を降ろした。
「氷室京介『最後の夜だぜ』そして、『今日が一番最高』で夢叶なのだ!?
2014年ソロデビュー25周年ツアーのファイナル会場、
横浜スタジアムで急遽ライブ活動の無期限休止を発表した氷室京介さん。
その理由は、
「耳の不調が休止の理由」
だった。
日本の音楽シーンに欠かすことができない、氷室京介さんの突然の活動中止に、
ファンのみならず、日本中の音楽好きに衝撃を与えた。
本当は、このソロデビュー25周年ツアーのファイナル会場である横浜スタジアムで
ライブ活動への区切りをつける予定だったとのこと。
しかし、
落雷によって公演が中断されたこと、
氷室京介さんの怪我によるコンディション不調が重なったことで、
「このリベンジをどこかで必ずもう1度、演らせて欲しいと思います」
と宣言していたのだ。
(※雷様に、ちょっびとだけ感謝なり。)
そして、いよいよこの日がやってきてしまった…、
リベンジマッチならぬ
『リベンジLIVE』
まさに氷室京介さんにとってファイナルLIVE!!
ということは、吾輩たちにとっても見納めとなるLIVEとなってしまう。
タイトルは!!
「KYOSUKE HIMURO LAST GIGS」
4月23、24日京セラドーム大阪
4月29日ナゴヤドーム
5月14日福岡ヤフオクドーム
5月21、22、23日東京ドームの計7公演
公演発表後!!
日本全国でチケット争奪戦が繰広げられ、有名タレントもチケットが入手できないと悲鳴をあげていた。
特に東京ドーム公演は3日間で16万5000枚の配券に対し、応募総数は40万以上!
東京ドーム公演は多くのファンと同じ時間を過ごしたいとの思いから、ありとあらゆる手段を講じた。そこで誕生したのは、
ステージ裏の「見切れ席」
バックステージの空きスペースでステージを見ることが出来ない席にもかかわらず、
3日間計6000席分はあっという間に完売した。
チケットを手に入れることができずどれだけの人たちが涙を流したことか…。
そして、最後の夜がやってきた。
開演前から東京ドームを震撼させる勢いで
『氷室コール』
が沸き起こる。会場の熱気が最高潮に達した時!!!!
氷室京介さんがステージに登場!
「最後の夜だぜ!騒ごうぜ!」
と叫び!!
“DREAMIN’”
で最後の夜がSTARTした。
【BGM-IN】「DREAIN」(氷室京介)
何度も!何度も!ウェーブが巻き起こるドーム内!!
1曲1曲、胸に刻む想いで叫ぶファン!
一言一言にことだまを乗せて歌う氷室さん。
「不器用で無骨な俺が35年間もこうしてやってこれたのは、ここに集まってくれたみんなのお陰だ。東京ドームでは節目節目でライブをやってきたけど、今日が一番最高」
「こうしてたくさんの連中がエネルギーを送ってくれた人生35年間、本当に感謝しています」
と熱く語るほど、観客と氷室京介さんが一体となったファイナルステージ。
3時間を超えると別れの時間が刻々と近づいてきた。
そして…、
2回目のアンコールが終わっても、誰一人として席を離れるファンはいない。
離れるわけがない。
いつまでも鳴りやまない氷室コール!!
すると!
本当に最後のステージ、勇姿を披露するためにもう1度ステージに舞い戻って来た!!
ラスト曲は!
BOØWYの大ヒット曲
『B・BLUE』
【BGM-IN】「B・BLUE」(氷室京介)
ラストナンバーを歌い終え微笑みながら
「サンキュー、東京ドーム!」
と客席に投げキッスを送り完全燃焼した氷室京介さん。
マイクをそっと床に置くと静かにステージから消え去った。
ソロ楽曲とBOØWY楽曲を織り交ぜた全35曲、3時間20分のファイナルステージ。
氷室京介の35年の歴史に1つの幕が降ろされた瞬間だった。
出来れば…、
いつの日か…、
復活祭をする日がくることを願っています。
吾輩を含む、全国の氷室ックファンの夢叶だと思います。
(エムP)