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【エムPの昨日夢叶(ゆめかな)】第104回「オバマ大統領『今回、広島に来ることができて本当に良かった』歴史的瞬間で夢叶なのだ!?」 [5月27日]

2016年5月27日(金)

原爆投下から71年後にやってきた

オバマ大統領の歴史的な広島訪問。

平和記念公園の滞在時間は、およそ「48分間」だった。

広島市民が注目した時間。

日本中が注目した時間。

世界中が注目した時間。

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アメリカのオバマ大統領が、伊勢志摩で開催されたサミットの後、

アメリカ大統領として初めて広島の地に降り立ち記念碑への献花を行いました。

花を捧げた後、オバマ大統領の平和への願いを込めたスピーチ。

米国大統領という立場ならではの苦悩がある中、

吾輩的には、とても素晴らしいスピーチだったと思います。

その後、

被爆者の方とのふれあい。

坪井直さん(91)と握手を交わす。

すると坪井さんは、オバマ大統領の手を握ったまま、通訳を介して語りかけた。

核なき世界の実現に向け、一緒に取り組みましょう…」

坪井さんの言葉に耳を傾け通訳の言葉で理解する。

その時、握手している手に力がこもって

「ありがとう」

と語りかけてきたという。

 

そして、吾輩の目頭が熱くなったシーンが…、

 

もう1人、被爆者の森重昭さん(79)。

実は、森重昭さんはアメリカでも知られた人。

その理由は、長年に渡り、原爆で亡くなったアメリカ人捕虜を調査し、遺族に伝えるという活動をしていたのだ。

森さんが握手を交わし、大統領に

「会えて嬉しい」

と伝えるとオバマ大統領が森さんを抱きしめました。

 

被害者とふれあったあと、

オバマ大統領から

 

『今回、広島に来ることができて本当によかった』

『今日はあくまでスタートだ』

 

と語った。

この言葉の想い…、

一人でも多くの方々に届きますように。

 

午後6時10分すぎ。オバマ大統領は専用車に乗り込み、歴史的な広島訪問が終わった。

平和記念公園に滞在した時間はおよそ48分間。

この48分間が、世界平和の大いなる1歩に生かされことを願っています。

 

この架け橋を担ってくれた一人…、

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4月11日、G7外相とともに広島平和記念資料館原爆資料館)を参観し、平和記念公園原爆死没者慰霊碑に献花した、米国のケリー国務長官

本人がツィッターで呟いたコメント

 

世界中の全ての人々がこの資料館を見て、その力を感じるべきだ。核兵器の脅威を終わらせる責任だけでなく、戦争そのものを無くす誓いを、激しく抗いがたいほどの厳しさで思い出させる。戦争は最後の手段であり、決して最初の選択であってはならない。世界を変え、平和を築き、全世界の人々が欲している未来を作る努力を倍増させること。この資料館は、そのことを私たち全員に訴えかけている。

 

「全ての人々」とは…、

ケリー国務長官オバマ大統領も訪問すべきかと問われ、次のように答えたという。

 

「全ての人々は、全ての人々だ。いつの日か、アメリカ大統領もここに来る全ての人々の中に含まれることを私は望んでいる。大統領という立場で来ることができるかは、私にはわからないが」

 

個人的なコメントになりすが

ケリー国務長官のこの言葉が

世界中にとても大きな影響を与えてくれたと思っています。

 

ありがとうございます。

感謝…。

 

最後に、今回のスピーチ全文を一人でも多く人々に読んでいただきたいという願いの元、日本語と英語で全文を掲載させていただきますした。

(エムP)

【V-IN】「オバマ大統領の歴史的な広島でのスピーチ全文」


 

オバマ大統領の歴史的スピーチ全文

 

71年前、よく晴れた朝、空から死が降ってきて世界は変わりました。閃光が広がり、火の玉がこの町を破壊しました。
これは我々人類が、自分たち自身を破壊する手段を手に入れたということを意味します。

なぜ私たちはここにいるのでしょうか?なぜ広島に来たのでしょうか?

私たちは、亡くなった方々を悼み、恐ろしい力がそれほど遠くない過去に解き放たれたことを深く考えるためにここにやって来ました。

10万人を超える日本の国民の方と、そして何千人もの朝鮮の人々が命を落としました。

その魂が、私たちに語りかけています。もっと内側を見て、私たちが一体何者なのかを振り返るように。そして、どのようになろうとしているのか語りかけています。

広島だけが特別なのではありません。暴力的な争いは古くから行われています。石や槍などが扱われました。これはただ狩りをするためだけではなく、人間同士の争いにもこのような武器が使われてきました。どの大陸においても、どの歴史においても、あらゆる文明は争いの歴史に満ちています。
富をもとめ、また民族や宗教的な理由からもこうした争いが起こってきました。帝国が台頭し、また衰退しました。そして人々が同じ人間に支配され、また解放の道もたどってきました。それぞれの歴史の転換点において、罪のない人たちが苦しみました。多くの人たちが犠牲になりました。その犠牲となった人たちの名前は、時が経つと忘れ去られました。それが人類の歴史であります。

第二次大戦は、広島と長崎で、とても残虐的な終わりを迎えました。これまで人類の文明は、素晴らしい芸術を生み出しました。そして偉大な思想や、正義、調和、真実の考えを生み出してきました。しかし、同じところから争いは出てきました。征服をしたいという思いも出てきました。古いパターンが新しい能力によってさらに増幅されてきました。そして、そこには制約が働きませんでした。

ほんの数年の間に6000万人ものたちが亡くなりました。男性、女性、子供達。私たちと全く変わらない人たちです。撃たれ、殴られ、あるいは行進させられ、飢えさせられ、拘束され、またはガス室に送られ亡くなりました。

世界中にはこの争いを物語るところが沢山あります。慰霊碑が、英雄的な行いなども含めて、様々なことを示しています。空っぽな収容所などが、そういうことを物語っています。

しかし、空に上がったキノコ雲の中で、私たちは人類の非常に大きな矛盾を強く突きつけられます。私たちの考えや想像、言語、道具など、私たちが自然とは違うということを示す能力、そのものが大きな破壊の力を生み出しました。

いかにして物質的な進歩が、こういったことから目をくらませるのでしょうか。どれだけたやすく私たちの暴力を、より高邁な理由のために正当化してきたでしょうか。

私たちの偉大な宗教は、愛や慈しみを説いていますが、それが決して人と争う理由になってはいけません。国が台頭し、色々な犠牲が生まれます。様々な偉業が行われましたが、そういったことが人類を抑圧する理由に使われてきました。

科学によって私たちは海を超えてコミュニケーションをします。また空を飛び、病気を治し、科学によって宇宙を理解しようとします。そのような科学が、効率的な争いの道具となってしまうこともあります。

しかし現代の社会は、私たちに真理を教えています。広島は、私たちにこの真理を伝えています。
技術の進歩が、人類の制度と一緒に発展しなければならないということ。原子力が破裂することによって、色々な文明が生まれて、そして消えてゆきました。

だからこそいま私たちはここに立っているのです。

私たちは今、この広島の真ん中に立ち、当時に思いを馳せています。子供たちの苦しみを思い起こします。子供たちが目にしたこと、そして声なき叫び声に耳を傾けます。

私たちたちは罪のない人々が、むごい争いによって亡くなったことを記憶します。これまでの争い、そしてこれからの争いの犠牲者に思いを馳せます。

言葉だけで、そのような苦しみに声を与えるものではありません。しかし私たちには共有の責任がります。私たちは、歴史を真っ向から見据えなけれなりません。そして、尋ねるのです。我々は、一体これから何を変えなければならないのか。そのような苦しみを繰り返さないためにはどうしたらいいのかを自問しなくてはなりません。

いつの日か、当時を経験された人たちの声も消えていくことになるでしょう。しかし、「1945年8月6日の苦しみ」というものは、決して消えるものではありません。その記憶に拠って、私たちは慢心と戦わなければなりません。私たちの道徳的な想像力をかきたてるものとなるでしょう。そして、私たちに変化を促すものとなります。

あの運命の日以来、私たちは希望を与える選択をしてきました。

アメリカ合衆国そして日本は、同盟を作っただけではなく友情も育んできました。欧州では連合(EU)ができました。国々は、商業や民主主義で結ばれています。

国、または国民が解放を求めています。そして争いを避けるための様々な制度や条約もできました。

制約をかけ、交代させ、ひいては核廃絶へと導くためのものであります。それにもかかわらず、世界中で目にする国家間の攻撃的な行動、腐敗、残虐行為、抑圧は、「私たちのやることに終わりはないのだ」ということを示しています。

私たちは、人類が悪事をおこなう能力を廃絶することはできないかもしれません。私たちは、自分自身を守るための道具を持たなければならないからです。しかし我が国を含む保有国は、他国から攻撃を受けるから持たなければいけないという「恐怖の論理」から逃れる勇気を持つべきです。

私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。

このような破壊をもたらすような核保有を減らし、この「道具」が狂信的な人たちに渡らないようにしなくてはなりません。

それだけでは十分ではありません。世界には、原始的な道具であっても、非常に大きな破壊をもたらすことがあります。私たちの心を変えなくてはなりません。争いに対する考え方を変える必要があります。それを外交手段で解決することが必要です。争いを終わらせる努力をしなければなりません。

平和的な協力をしていくことが重要です。暴力的な競争をするべきではありません。私たちは、築きあげていかなければなりません。破壊をしてはならないのです。なによりも、私たちは互いのつながりを再び認識する必要があります。同じ人類の一員としての繋がりを再び確認する必要があります。つながりこそが人類を独自のものにしています。

私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。選択をすることができます。子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます。

人類の共通性、争いが起こらない世界を作っていくことができます。物語は当時を経験された方たちが語ってくださっています。当時のパイロットに会った女性がいました。そのアメリカ人の家族に会った人たちもいました。アメリカの犠牲も、日本の犠牲も、同じ意味を持っています。

アメリカという国の物語は、簡単な言葉で始まります。すべての人類は平等である。そして、生まれもった権利がある。生命の自由、幸福を希求する権利です。しかし、それを現実のものとするのは決してアメリカ国内であっても、アメリカ人であっても決して簡単ではありません。

しかしその物語は、真実であるということが非常に重要です。努力を怠ってはならない理想であり、すべての国に必要なものです。すべての人がやっていくべきことです。すべての人命は、かけがえのないものです。私たちは「一つの家族の一部である」という考え方です。これこそが、私たちが伝えていかなくてはならない物語です。

だからこそ私たちは、広島に来たのです。そして、私たちが愛している人たちのことを考えます。例えば、朝起きてすぐの子供達の笑顔、愛する人とのキッチンテーブルを挟んだ優しい触れ合い、両親からの優しい抱擁、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあったのだということを考えることができます。

亡くなった方々は、私たちとの全く変わらない人たちです。多くの人々がそういったことが理解できると思います。もはやこれ以上、私たちは争いは望んでいません。科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています。

国家や国家のリーダーが選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島から得られるでしょう。

世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります。この未来こそ、私たちが選択する未来です。この未来こそ、最悪の未来の夜明けではないということを、そして私たちの道義的な目覚めであることを、広島と長崎が教えてくれたのです。

 

 

Seventy-one years ago on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city, and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not-so-distant past. We come to mourn the dead, including over a hundred thousand Japanese men, women and children, thousands of Koreans, a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us, they ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint, and spears from wood, used these tools not just for hunting, but against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain, or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered — a countless toll, their names forgotten by time.

The world war that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities, and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth. And yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes — an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints. In the span of a few years, some 60 million people would die. Men, women, children, no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

There are many sites around the world that chronicle this war, memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps that echo of unspeakable depravity. Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies we are most starkly reminded of humanity’s core contradiction; how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will — those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily we learn to justify violence in the name of some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness, and yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith is a license to kill.

Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different.

Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.

The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well. That is why we come to this place.

We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow. Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.

Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of Aug. 6, 1945, must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.

And since that fateful day, we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war.

The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war, and aspired to restrict, and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done.

We may not be able to eliminate man’s capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.

We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.

We must change our mindset about war itself. To prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they’ve begun. To see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation, and not violent competition. To define our nations not by our capacity to destroy, but by what we build. And perhaps above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race.

For this, too, is what makes our species unique. We’re not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

We see these stories in the hibakusha: the woman who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized that what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.

My own nation’s story began with simple words: “All men are created equal and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty, and the pursuit of happiness.” Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.

The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: That is the story that we all must tell.

That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here, 71 years ago. Those who died, they are like us.

Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

The world was forever changed here. But today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child.

That is the future we can choose; a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.