エムPの昨日夢叶(ゆめかな)

MPTV staff blog

クリエィティブに限界はない!『創造感動…。』【イケてる大人計画・発動中!?】2016年11月末日をもって、モデルプレスTVの放送は終了しました。モデルプレスTV by ひかりTV4Kを応援頂き誠に誠にありがとうございました。ご意見!ご感想は!『dream@waja.gift』にお送りください!!

【エムPの昨日夢叶(ゆめかな)】第93回「全米TOP40入りの快挙! 坂本九さん以来53年ぶり2組目の夢叶なのだ!?」 [5月16日]

今朝は雨が降っていました。

滑らないように~転ばないように~気をつけていた、

あの頃…、とは打って変わって軽快に歩いていました。

 

そうなんです!!

エムP~密かに「夢叶」していたのです。

 

一緒に戦っているSTAFFは全員知ってます。

そうです!

crocs」が新しくなったのです。

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グリップ力を駆使して軽快に歩いていたら、

『ガーン!!』

靴下がズブ濡れになってしまいましたぁ~。

 

でもね~~。今朝も素敵な1コマが!!見知らぬ青年が1人。

 

※何を尋ねていたかは不明です。

 

青年が、教えてもらった方角へ向かって歩いていくと

その後ろ姿を捉え続けている警備員さん!

すると!!少しだけ大きな声とゼスチャーで

「そこを、右!ミギ~」

寄生獣の主役を呼び出すかのように伝えていたのです。

 

いつもながら…、

 

「や・さ・し・い」

 

今日も朝から素敵な1コマでした。

 

※第一回crocs」物語を読みたい方、はコチラをクリック。

www.mptv.gift

そして、知らない間に海外で大きな夢が叶っていたんですね~。

 

全米TOP40入りの快挙 坂本九さん以来53年ぶり2組目の夢叶なのだ!

 

この快挙を成し遂げたのは!!

 

『BABYMETAL』

 

【BGM-IN】「ギミチョコ!!」(BARYMETAL)

※なんと!再生回数5000万超えなのだ!

 

2010年に【アイドルとメタルの融合】をテーマに結成された3人組ガールズユニット。

大手音楽事務所AMUSEによるアイドル『さくら学院』から派生したクラブ活動の一つで「重音部」という位置づけでした。

結成当時の平均年齢は11.3歳。小学生が中心的存在だったのです。

 

その後、地道な活動を続けながらも、海外に視野を向け

アメリカでライブ活動をする等、

通常のアイドル活動とは一風変わった戦略でファンのすそ野を広げてきた。

 

その頃、

クールジャパンという言葉と共に、日本のポップカルチャー

アニメやアニソン、アイドル等、様々なカタチで海外進出を目論んでいた。

 

しかし、

 

BABYMETALは、コスプレ的な衣装、日本語歌詞とジャパニーズポップなど、わかりやすい「クールジャパン」的要素を取り入れつつ、

カワイイとは縁遠い「メタルロック」という音楽文化を取り入れたことで

「化学反応」が起こり始めた。

 

そして極み付けは、

BABYMETAL』

というネーミング!!

一度聞いただけで耳残りが良い!

そして、

 

『BABY』~アイドルらしく、カワイイ!

『METAL』~メタルロックで、ハード!

 

この摩訶不思議な掛け合わせが大きな化学反応をおこしていく。

 

もちろん、音楽性~音楽力~ダンス力~ビジュアル、他

全ての面に於いて、及第点を超えていることは言うまでもありません。

 

そして、気がつけば日本の3人組女性ユニット

『BABYMETAL』

世界中の

『ヘビメタ中毒』

のオヤジたちを虜にして

『ベビメタ中毒』

にしてしまったのである

 

その結果、

4月23日付ビルボード、全米アルバム・チャートで39位にチャートイン。

日本人アーティストがTOP40入りしたのは、

1963年に坂本九のアルバム『Sukiyaki And Other Japanese Hits』

が14位に入って以来53年ぶり、史上2組目の快挙達成となったのです。

 

凄い!凄すぎる~~!

 

今度!その実力を生で見てみたいと思います。

できたら、「モデルプレスTV」に遊びにきてくれないかなぁ~。

 

(エムP)

 

追伸、

演出家・蜷川幸雄さん(享年80)の告別式が16日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれました。

いつも真剣で本気で怒りながら指導~演出をする蜷川幸雄さん。

蜷川さんに鍛えられ育てられた俳優さんは数知れず…。

胸を打つ素敵な弔辞がいくつも読み上げられました。

中でも、“まな弟子”として知られる俳優・藤原竜也さんが時折声を詰まらせ、むせび泣きながら弔辞を読み上げたシーンは、愛ある言葉の積み重ね。

藤原達也さん他、たくさんの名俳優の皆さんが蜷川イズムを継承して日本のエンタティメントを世界に広げていって欲しいと思いました。

リエーターの端くれとしてみなさまにもこの素敵な弔辞を贈らせていただきます。

藤原達也さん。

これからの演技にますます期待しちゃいます。

 

藤原竜也の弔辞全文~

 「その涙は嘘っぱちだろ?」と怒られそうですけど、短く言ったら長く言え。長くしゃべろうとすれば、つまらないから短くしろと怒られそうですけど。まさか僕がきょうここに立つことになろうとは、自分は想像すらしてませんでしたよ。最期のけいこというか、言葉で弔辞。5月11日、病室でお会いした時間が最期になってしまうとは…。

 先日、公園で一人『ハムレット』のけいこの録音テープを聞き返していましたよ。恐ろしいほどのダメ出しの数でした。瞬間にして心が折れました。「俺のダメ出しでお前に伝えたことは全て言った。今は全て分かろうとしなくていもいい。いずれ理解できる時がくるから、そうしたら少しは楽になるから。アジアの小さな島国の小さい俳優になるなと。もっと苦しめ、泥水に顔をツッコんで、もがいて、苦しんで、本当にどうしようもなくなったときに手を挙げろ。その手を俺が必ず引っ張ってやるから」と蜷川さんそう言ってましたよ。

 蜷川さん、悔しいでしょう、悔しくて泣けてくるでしょう。僕らも同じですよ。もっと一緒に居たかったし、仕事もしたかった。たくさんの先輩方、同志の方々がたくさんきてますね。蜷川さんの直接の声は、もう心の中でしか聞けませんけれども、蜷川さんの思いをここにいる皆でしっかりと受け継いで頑張っていきたいと思います。

 気を抜いたら、バカな仕事をしてたら、怒ってください。1997年、蜷川さん、あなたが僕を産みました。奇しくもきのうは僕の誕生日でした。19年間、苦しくも…、まぁほぼ憎しみしかないですけど、最高の演劇人生をありがとうございました。蜷川さん、それじゃあまた。

藤原竜也